□夏土産


 日曜の晩、食後のコーヒーを飲みながら試験の採点をしていたらインターホンが鳴った。
 こんな時間に連絡もせず訪ねて来るような奴は1人しかいないから無視したいが、そうすると何度も何度も鳴らしつづけて近所迷惑になることは火を見るより明らかなので仕方なく応答する。

 液晶いっぱいに見たくも無い男の顔が広がっている。
 「…益田。カメラに近いと何度言ったら分かる」
 「んあ? そうだっけ。わりーわりー。どうでもいいから開けて」
 「まずそこから離れろ。おまえの顔のにきびの穴など見たくない」
 「大げさな。それに、俺の顔ににきびなんかあるかよ」
 「フン。冗談が分からんのか」
 「零一が冗談を言うとは知らんかったな」
 「…入りたいのなら口を慎め」

 オートロックの共用玄関をスキップしながら入ってくる奴の姿を俺は苦りきった顔で見ていた。

 ピンポンピンポンピンポーーーン。
 「ああー分かった、分かったからそんなに鳴らすな」
 ドアの施錠を慌ててはずしてやると、喜色満面の奴が右手の紙袋を大きく差し上げてニタリとしていた。
 「ほ〜れ、土産」
 「土産って、なんのだ」
 俺をすり抜けて益田は勝手に部屋に上がりこんだ。
 「昨日までグアム行ってたの。だから土産」
 「はあ? グアムだと?」
 「そっ。だって夏じゃーん。楽しまないとさ」
 もうキッチンでまるで我が家のようにあちこちの戸棚を開けてあれこれものを出したり入れたりしている。
 「それで昨日店が休みだったのか」
 俺はあきれてしまう。ああいう業界は人が休みである時ほどかきいれどきではないのか。
 「だって俺らだって人の子だよ? 休まないと壊れちゃうじゃん」
 「おまえは休みすぎだ!」
 「そりゃそうと零一、昨日も店来てくれてたの? 悪いことしたな、休みだって言っとかなくて」
 しまった。ひとこと多かった。
 「いや、暑くて寝苦しかったからだな…」
 と言い訳しようとしたが奴は聞く耳持たず、
 「いやー格安航空券っての? つい数日前に見つけたんで、急遽決まったんだよ旅行。あれ、氷足らないかな。後でコンビニ行ってこよ」
 相変わらず勝手にグラスと小皿を持ってリビングにやってきた。

 「今日はビールじゃあないのか?」
 「だって零一ビールあんま飲まないじゃん。それに土産がこれだからね」
 益田が紙袋から取り出したのは、よく見る外装の箱だった。
 「……………それは」
 「じゃじゃーん。グアム名物、マカダミアン・ナッツです!」
 「どうしてそんなありきたりなものを!」
 「んだよー。せっかく離陸直前におまえのこと思い出してやってだなあ、忙しいさなかを買ってきてわざわざ持ってきてやったってのにその言い方」
 「それはつまり、離陸直前まで俺の土産のことを忘れていたということだろう」
 「…す、鋭いね。でも、零一のことは忘れてなかったんだぜ。忘れてたのは、土産を買うってこと」
 「なんとでも言え」
 「まあ、カリカリしないで、チョコと言ったらやっぱこれでしょう」
 益田がもうひとつ重そうに取り出したのはHenessy XOだった。

 「やっぱこれのつまみはチョコだろ」
 「…俺は甘いものは好かん。XOだけいただく」
 「なんだよー。人の好意を無にしおってからに」
 「そんなあまりものの好意はますます要らん」
 「拗ねるな零一…れっ?」
 益田はナッツの箱を取り上げるや否や、すっとんきょうな声を出した。
 「どうした?」
 「…これ…俺、間違えたのもってきたかも」
 「なんだと?」
 奴は箱を上下に振った。ガタガタと音がする。確かにそれは、小さなたくさんのチョコボールのたてる音とは到底思えなかった。もっと単一の固体がたてる音だった。

 「…まあ、違う意味で零一にはいい土産かもしれないな」
 「ひとりで頷くな。 なんだそれは?」
 「見たい?」
 「見たいわけではないが、そこまで言われたら気になる」
 「見たい、って言え」
 「誰が言うか」
 「言えってば!」
 「貸せ!」
 「わっ!」

 俺が益田からひったくったマカダミアナッツの箱から滑り出したのは、黒い箱だった。
 これは、形状からして…
 「ビデオ?」
 「そっ。ビデオはビデオでも」
 「?」
 「エロビデオ。それも、無修正」

「…なんだとおおおおおおおお」

 俺はついわなわなと震えだした。
 エ、エ、エ、エ、エロビデオ…!?!?

 「あっ、知らない? グアムとか行くとさ、マカダミアナッツの箱に隠して無修正の売ってくれんのよ。俺も行くまで知らなかったんだけどさ。歩いてたら声かけられて、『えろびでおアルヨ』って日本語で言われて」
 「笑っている場合か! それはすなわち違法行為だろう!」
 「いいじゃん、買ってきたのは俺でおまえじゃないんだし、それに無事見つからずに持ち込めたじゃん」
 「そういう問題ではない!」
 「つまみはじゃあ、申し訳ないけどこのビデオってことでヨロシク」
 と言って益田はいそいそとビデオテープを箱から出してビデオデッキに入れようとする。
 「ま、待て! まさか、これからここで見ようというのではあるまいな?」
 「へ? 当たり前じゃん。いけないの?」
 「何が哀しくて野郎とエロビデオを見ねばならんのだ!」
 「だってせっかくあげるんだから、楽しんでくれてる姿を見たいじゃん」
 どどど、どうやってこのようなものを楽しめるというのだ。
 「とにかく、そんな破廉恥な代物は一刻も早く俺の部屋から抹殺しろ。ああもう早くしろ。おぞましい」



 「…ねえ、なんでそんなにうろたえてるの?」
 ギクッ。
 「俺はうろたえてなどいない!」
 「ガキンチョじゃねーんだから、俺らみたいな20代後半の男はAVなんか飽き飽きしてるよなー。ん? まさか零一、見たことないんじゃあ…」
 「見たことくらいある!」
 益田は破顔一笑した。
 「そーーーだよなーー? じゃあ別にここで見ることくらいなーんでもないわけだよ。そだろ?」
 「当たり前だ! 俺も男だ。AVなどなんでもない」
 俺は横向き加減で胸を張った。
 「じゃ、決まり♪ とっとと始めようぜ」
 フンフンと鼻歌を歌いながらデッキにテープをセットしてしまった。
 た、たいへんなことになってしまった…。

 ザーザーという音がする。画像は粗く上下左右にぶれて、まだよく見えない。
 「おっ。なんだかいかにも『無修正でござい』って感じだね、盛り上がるね」
 益田は涼しい顔である。氷を入れたグラスにHenessyをトプトプと注ぎながら、目だけはテレビの画面から離さない。
 「日本でも無修正って買えるけど、やっぱ洋物はちょっと違うよね。…で、零一は洋物と和物とどっちが好み?」
 「うるさい! 黙って見るなら見ろ」
 「へいへい」

 ようやく見えてきた画面には、大柄で派手な化粧の金髪女性と、筋骨隆々の白人男性が映っていた。黒い革のつなぎを着ており、傍らにはハーレーのような馬鹿でかいバイクが置いてある。
 バックには安っぽい電子音楽がキンキンと鳴り響いている。
 と思ったら、二人は突然、濃厚すぎる抱擁を交わした。

 「…なんだこれは。どういうことだ。この2人はいかなる関係にあるのか、そして現在どういう状況下にあるのか、まったく説明がなく分からないではないか」
 「あのな。洋物のAVはみんなこういうものなの。いきなり始まっちゃうの。ストーリー部分がないから頭出しする必要がなくて便利なの。それを便利だと思う人は、だけどな」
 そ、そういうものなのか?
 「さては零一…」
 「まままま、ます、ますだ、あ、ど、どど、どういうことだあれは!?」
 何故だ。
 何故どうして2人はやおらバイクの上で…
 俺は急に寒気がして、ソファにかけてあったラグを頭からひっかぶった。
 「何やってんの零一。…おっ、始まりましたねえ」



 益田は体ごと乗り出した。
 「ままま、待て、音を小さくしろ」
 「なんでだよ? せっかくおまえんちのサウンドシステム、サラウンドになってんのに…」

 「どうして俺が、俺の部屋で、女の喘ぎ声をサラウンドで聞かねばならんのだっ」

 「おまえこそうるさいよ零一。…おおっ」

 そのとき画面に大写しになったのは………………
 そ、その………………

 「いやード迫力ですなあ、40インチのプラズマテレビで見るXXXXは」
 「………………」

 違う。
 こんなのではない。
 俺の知っているものとは何かが違う。
 いや、きっとそもそも違うものなのだ。
 大体、俺は、自分の部屋で、こんなものを超迫力で見るような人間ではない。
 断じて違う。
 違うぞ。認めないぞ。


 終わった。
 30分にわたる拷問がようやく、終わった。
 益田はため息をつき、ぐっと背伸びをしながら言った。
 「…はー、終わったなあ。まあ洋物に求めるのは酷かもしんないけど、俺的にはもちょっと乳が小さめでいいから形がよくてだなあ…零一? なに震えてんの?」
 「震えてなどいない! ちょっとした風邪だ」
 「あっそう。いきなりおまえって風邪引くのな。…で、俺の土産の感想は?」
 「もうおまえは帰れ! ビデオも持って帰れ」
 「ハイハイ。目つぶってりゃいいのに最後までしっかり見てくれて、ご苦労さん♪」
 「…あ?」

 そうだった。
 何も、目をしっかと開けて見ている必要はなかったのだ。
 俺の苦労はいったいなんだったのだろう…。
 俺は頭を抱えたくなった。
 自分の生真面目さがこれほど嫌になったことは、今まで生きてきた中で初めてだった。

 「じゃあ、お邪魔様でした」
 「ほんとうに、お邪魔だ!」
 追い立てるように玄関口へ向かう。
 「…零一」
 「早く帰れと言っているだろう」
 「次はもうちょっと、裏でも刺激の少ない、和物にしよっか? 俺、いいの持っ…」
 バタン!

 隣近所が起きてくるくらい大きな音をたてて、益田の鼻の先でドアが閉まった。
 俺はカリカリしながら、奴が飲み散らかしていったグラスの片づけをした。
 そして翌日、共用玄関の隣にある郵便入れにさっきのビデオが突っ込まれているのを目撃することになる。
 「
やっぱり、ビデオなんかより本物のほうがいいよね?」という書置きつきで…。

(03.07.03 了)

□あとがき

 9999ぞろ目ゲッターの仁吉さんのリクエストにお応えしたつもりです。
 リクは「零一と義人が競争する話。もしくは、ドラマCDのカレーの話のようにバカをやっているのでも可」ということでした。ので、バカ(?)をやってる話にしたつもりですが…えーとこれでお応えできているでしょうか? かなり不安です。なんかマスゼロチックになりそうで引き止めるのに必死でしたアタクシ。

 零一はAVくらいは見ているでしょうが、裏まではどうかな…と思ったのがもとになっています。
 私もかなりの数見ましたが、裏(洋物)はなんか途中から生物図鑑みたいに見えてきてとてもエロチックな気分にはなれませんです。だってそれそのものが映ってるんですもん。
 やはり、エロは見えない部分に対する想像力から生まれるものではないかと思うのは、私が女性だからでしょうかね。「陰影礼賛」!
 それと、義人は案外確信犯だったかもしれませんね。

 仁吉さん、お受け取り下さるとうれしいです。ぺこり。





「scott−tiger」(ヒナキさんのサイト)で9999番を踏んで書いていただきましたSSです。
コメントもまんまいただいてきました。
私も「絶対義人はわかっててやった!」と思ってますヨ(笑)

勝手ながらこちらでカットを付けさせていただきました…が。
カット描いてみて思いました。
…零一のこの反応って、普通ならホラー映画見たときの反応だよね?(笑)
ずれずれっぷりがやっぱり零ちゃんだなぁ、と思ってしまったのでありました。

ヒナキさん、素敵SSをありがとうございました!
綺麗に飾れなくてごめんなさい(泣)

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